短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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佐藤りえ

 
応答願イマス

 必要にせまられて、さる人に初めてメールを書くことになったとする。まずは「はじめまして」だろうな、と思う。面識のある人の場合、単純に初めてではなくなるので「こんにちは」とか「いつもお世話になっております」とか、多少ヴァリエーションが生まれる。相手が自分のことをまったく知らないとあらかじめわかっている場合は…と、いろいろなケースが想定される。
 冒頭からこんな調子なので、本文を書き、それらしくしめくくり、署名をつけたりつけなかったりするうちにかなりの時間が経過する。電子メールは書くのも届くのも読むのも早いから便利なんじゃなかったっけ、と頭を振る。いや、早いのは<届く>の部分だけだ。
 メールを書くのに時間がかかってしまうのは、細かいニュアンスを伝えようと言葉を選ぶからだ。苦心するのは、相手に伝わる情報が「文字でしかない」からだ。手紙には書き文字の癖があり、インクの色、便せんのデザイン、折り畳み方、封筒の色形、宛名の書き方がある。電話には声のニュアンスがある。大きさ、早さ、会話の長さ、イントネーションがある。それらすべての情報が「語られた内容」を支えている。
 メールは文字でしか伝えられない。誰からのメールも同じフォントでディスプレイに表示される。それが気軽に書かれた言葉なのか、怒っているのか、そうでもないのか。どこかに差異を見出したい、と願う。
 ぜんぶ一行アキで詩のようだ、と思う。でも内容は苦情だったりする。すごく怒ってるのかもしれない。この行間は怒りか、と青ざめる。やけに助詞が少ない文章だ、と思う。整えているうちに消えてしまった、すごい労作なのかもしれない。誤変換が多い。そそっかしいなと思う。短い。でも充分だったりする。表記されている内容から、こうして距離感を割り出していく。
 スパムメールが届いて、その内容のフレンドリーさについ最後まで読んでしまったりする。距離感がくるってる。火星からです、と書かれても信じてしまいそうだ。こちらは土星なんだけど、寒くってさー。そう書いたところで、相手が怒るかどうかは知らない。

 海から風が吹いてこないかどこからかふいてこないかメールを待ってる
                加藤治郎『ニュー・エクリプス』
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