Tendre fleur 優しい花
男:「頼む、水に流してくれ」 女:「そんなこと、できっこないわ」 男:「一生のお願いだ」 女:「じゃあ、一緒に流しましょう」 SE:水の音 N:安定した水道供給をお届けします。××県水道サービス協会。
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数年前、同僚が作ったラジオCMの脚本です。ボツとなりましたが私はわりと気に入っていました。Nはナレーション、SEはサウンドエフェクト(効果音)の略であります。三谷幸喜監督の「ラヂオの時間」で、コロコロ変わる脚本に合わせアナログな効果音を四苦八苦してつくるシーンがありました。詳しいことは分かりませんが、現在はサンプリングしてあるデジタル音をボタン一つで選べるのでしょうか。
音を描写する際、映像/音声業界では効果音と捉えられたものが、活字業界で活字に転写(あるいは翻訳)されると、「オノマトペ」というカテゴリーに組み入れられます。詩歌部門では特に顕著ですが、音の描写に、解釈可能な意味や価値が期待されてしまう。美しい意味や文学史的背景をもつオノマトペが日本語に多いゆえなのでしょうが、個人的には解釈を拒絶する「オノマトペ以前の音声描写」が、もっとあっていいように思います。 これは自作ですが、花を主題にして3年ほど前につくった短歌です。
とうめいな羽音 (近づき)bbbb (遠ざかり) b b b (近づき) b b bbb (触れて)b (遠ざかりゆく) b b b
「b」自体は単なる子音で、オノマトペ以前のものです。しかし子音の表記と同時に羽音という解釈も与えています。とはいえその解釈は社会的に認知からは遠いままです。つまりb音は一首の中で、SEとオノマトペの間を行ったり来たり揺れているのです。
オノマトペとポップカルチャーは切っても切れない関係にありますが、「音の揺れ現象」は、同じ印刷媒体でもコミックの中でさらに自由です。かつて少年漫画「北斗の拳」のファイトシーンでは「ひでぶ」とい音声表記が登場しました。最初はただの断末魔のSEだったものが人の口を介するうちに、社会的な意味や価値が付与されオノマトペ化されました。最終的にはチョイ役の惨殺を暗示する言語記号として機能するまでに至り、つまり「北斗の拳」の愛読者たちはひとつのオノマトペの発生と死にリアルタイムで立ち合ったのです。 詩歌の作者たちは、自分のオノマトペを死なせないために、細心の注意を払わなくてはいけないはずです。オノマトペを使わないというのは詩歌作者として最悪でないとしても決して最良ではないでしょう。むしろ意識してオノマトペをSEの状態に戻したり、あるいは限りなく声喩の方向へ引っ張ってきたりと、常に震動させ続けることが、美しい日本のオノマトペを形骸化させない最良の方法じゃないかと思えるのです。
+25 Easy Etudes, N゚10
下記にあげているアルゼンチンの人がつくったバットマンのオノマトペサイトを見て音をサンプリングし、新しいオノマトペの短歌を3首つくりなさい。
URL:http://www.batmania.com.ar/paginas/serie_onomatopeyas.htm
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