短歌ヴァーサス 風媒社
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★短歌ヴァーサスは、11号で休刊になりました★
2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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三宅やよい

 
あちらとこちら

 細く流れる千川上水をはさんであちらは吉祥寺、こちらは練馬区になる。
 武蔵野には玉川上水、野川、石神井川、川沿いに歩く散歩道がたくさんある。ここに引っ越してから連れ合いと二人地図を片手によく歩くようになった。千川上水沿いに小金井まで歩き、玉川上水と合流する地点で東へ折り返し三鷹の井の頭公園の中を抜けて、吉祥寺を経由して帰ってくる。片道二時間ぐらいの道のりをゆっくり歩く。
 神戸に住んでいた頃は坂を上ってゆくと自然に摩耶山の登山道に入り、子供の足でも3時間ほど歩くと自然に頂上に至り、六甲山の頂上までのびやかな尾根が続いていた。家のこちらの坂を北に上がってゆくと背後の裏山へ、あちらのだらだら坂をずっとずっと南へ下ると港へ。自転車でゆけるのは東西の道ばかりでそれにも坂の起伏がついているので行きはよいよい帰りはこわい遠出するにはなかなか勇気のいる場所だった。
 娘の大学が近かったので選んだ土地だけども、このあたりはとても好きだ。武蔵野特有の雑木林を抱えた大きな農家。欅並木の大通り。疎水沿いの岸辺には桜、桃、紫陽花、さるすべり、四季折々の花が咲き、ぼちゃんと大きな水音に草の茂みを透かし見ると鴨や鷺が川辺に遊んでいたりする。キャベツ畑のそばの土の道を歩いていると、とてもここが東京と思えない。
 春まだ浅き岸辺の木の枝先に小さな銀の鍵がぶらさがっていた。通学の子供のポケットから落ちたのか、散歩のときに通りかかるたびに枝先にぶらさげられている鍵をそれとなく見た。やがて若葉が茂り鍵も見えなくなってしまった。持ち主にもとうに忘れられただろうあの鍵のかかっていた枝があちらの花水木だったか、こちらのとねりこだったか、もうわからない。

  夕暮れのこちらとあちら萩と荻
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