♪北国の〜
♪旅の空ぁ〜♪繰りかえし頭の中で鳴っているのは誰の曲だっけ。いなほ、ほしおき、ほしみ。過ぎてゆく駅名にうっとりする。札幌での仕事を終え翌日は一人で小樽に向かった。小樽の運河や倉庫は観光絵葉書そのままだけど、思い切りの悪い私はメインの街並みへ足を運ばずにいられない。いつしか中国の団体観光客の中に紛れ込み甲高い中国語が私のまわりを飛び交う。 「米粒に絵でも字でも書きます」奇妙な張り紙のある露天のアクセサリーは小樽で買わなくてもいいものばかり。北海道に似つかわしくない蒸し暑さと喧騒の中国語に頭の芯がくらくらしてくる。古い石作りの建物に無雑作に置かれている大きな飾り箪笥。高い天井をゆっくりまわる板の扇風機。アールデコのひだひだの電気傘、透かしの入った薄いワイングラス。とてもステキだけど3LDKのマンション生活には不釣合い。 実用性のない道具は美しい。 午後から二時間ほど漁船ぐらいの大きさの船で海岸線を左手に走る。沖に灰色の水平線が果てしなく広がる。岸辺近くに浮かんでいる小船から身を乗り出した人が手に長いものを持って海中を探っている。白い波を蹴立てて進む漁船に、海鳥が何羽も何羽も群れて飛ぶ。船に乗りあわせた十人ばかりの人たちは潮風に髪をなぶられながら海鳥に餌を放り投げ、あはあはと満足気に笑っている。見知らぬ土地の見知らぬ風景に私だって心から笑いたくなる。 船を降りて花園の寿司屋横丁で、女ひとり、カウンターに座って手酌でビールを飲んだ。 「今日は暑いけど、あと二週間もすれば秋めいた風が吹き始めます。なんせ短い夏ですから」板前さんの言葉にさっき周遊した海から突き上げられたであろうウニの淡淡とした潮の香が口中いっぱいに広がった。
波立てる岸にひらたき夏蒲団 やよい
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