短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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佐藤りえ

 
水辺の国

 台風シーズンの到来である。この原稿を書いている今日(2005年8月23日)現在、非常に大きな台風11号が南東の海上を北北西に進んでいるんだとか。できたら渇水地域だけをさっとお見舞いしてもらいたいところだが、自然の驚異にはこちらの願いは通じないものである。
 中学高校と過ごした町は北上川の下流域で、台風が来ようものならしょっちゅう水害警戒が叫ばれた。加えて我が家の近くにはもう一本、支流の川があった。どちらも堤防に守られていて、決壊すれば町中水浸しだ。前門の支流、後門の一級河川である。
 中学生の頃、一週間ほども大雨が続き、避難勧告が出かかったことがあった。とりあえず貴重品を二階に上げろ、といわれ、まっさきに持って行ったのはオーブントースターだった。次に運んだのは靴だった。われながらなにを考えていたのかよくわからないが、一階にあるものはできるだけ高い場所に移し、床下・床上浸水に備えた。雨はその日にはもう小降りになっていたが、北上川の上流にあたる岩手県で、未だ激しい降雨が続いていたのだ。樹木を含んだ濁流がどんどん押し寄せ、普段は広々とした河川敷のある川が、みるみる水位を増していった。
 翌朝警戒がとかれ、浸水は免れた。雨上がりの堤防を訪ねてみると、足下の1m下はもう水面で、たぷたぷとかみちみちとかいう擬音が聞こえてきそうな状態だった。あいかわらず水は濁り、よくわからないものものをさらに下流へと運びさっていった。鮮烈な光景にもかかわらずそこにはほとんど音がなく、台風は静かな災害だなあと漠然と思ったのをよく覚えている。避難勧告を待つあいだは、風と雨に支配された町中が濡れているのを見て、ここが水の中なのか外なのか、わからないような気がした。
 ふだん暮らしているときは陸地のほうに頭を奪われているけれど、この小さな国では、どこもかしこもが水辺なのだ。あのたぷたぷした光景を回想すると、そう思う。今住んでいる辺りには昔川があったらしいが、跡形もない。
 今年の台風被害が少しでも小さいものでありますように。

 この雨が洪水になってしまったらどうか君から魚になって
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