短歌ヴァーサス 風媒社
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★短歌ヴァーサスは、11号で休刊になりました★
2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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三宅やよい

 
花盛りの合歓

 それにしてもなんでこんなに合歓が多いのだろう、十和田湖に抜ける山道に、高速道に、ぼんやりしたピンクの花を咲かせた合歓の樹が次から次へ見えては消える。
 八月六日から八日にかけて、盛岡から津軽半島、白神山地まで500キロ以上の行程を走りまわった。車は一年前に売り払ってしまったので盛岡の駅前からレンタカーを借りて連れ合いと交代で運転した。
 初めて見る津軽平野は見渡す限り青田、青田、青田。岩木川の河川敷は途方もない大きさで津軽はともかく何でもたっぷりなのだ。ちょうどねぶたの最終日だったけど青森市内の混みようは相当なものだろうから立ち寄るのは遠慮した。人を見るのは東京だけでたくさんだ。
 太宰の生家の斜陽館は思った以上に大きかった。中庭の池を見下ろす縁側の引き戸は開け放たれ涼しい風が座敷を吹き抜けてゆく。廊下も階段もがっしりしたヒバを使った凝った作りで、木目が浮き出るほどよく磨きこまれている。外に巡らした高い煉瓦塀がチョン切れて、裏手の路地から家が丸見えなのが何だかおかしい。通りすがりの者には見えない冬場の多量の雪を含めこの土地のもろもろの過剰さが言葉の世界に転換されたなら寺山や太宰のように人を魅了する尽きぬ語りになるのかもしれない、その源泉はきっとこの土地にある。北海道はどこかモダンで落魄の雰囲気があるが、東北は土着の泥臭いエネルギーがうねりのように感じられる。この土地の呪縛に対抗するにはよっぽど人間が野太くできてないとたまったものじゃないだろう。
 太宰がここで諸君の道はまったく尽き、あとは海にころげ落ちるばかりと評した竜飛岬から遠く恐山を臨む海岸沿いの国道を走りながら、きっとまた来よう。今度はちぎれるほど寒い真冬に来てみよう、と思った。

  夏果ての夜汽車は海を通過中   やよい
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