短歌ヴァーサス 風媒社
カレンダー 執筆者 リンク 各号の紹介 歌集案内

★短歌ヴァーサスは、11号で休刊になりました★
2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
← 2005.7.7
2005.7.8
 
2005.7.9 →


三宅やよい

 
転ぶ

 久しぶりに晴れているのが嬉しくていつもより強くペダルを踏み込んだ。頬をよぎる風が心地いい。スピードがのってきて「わーい」と、右折しようとした途端、転んだ。
 減速せずにカーブを深く切れ込こんだせいか、自分で自分のスピードについていけずバランスを崩して右側に大きく倒れこんだ。身体を庇うのに、手をついて手の皮がむけ、したたかに右ひざを道路に打ちつけたのかすぐには立ち上がれない。それでも格好が悪いので何でもないフリをして自転車をたてて走り出した。転ぶのを見られるのは恥ずかしい。十年ほど前、デパートの硝子扉が閉まっているのに気付かず、歩く速度でそのまま激突したときには鼻柱が曲がるかと思った。本当は「痛―っ」と声を出してうずくまりたかったけど、たくさんの人が見ていたので何食わぬ顔で重い硝子戸を押して外に出た。誰か笑ってくれる人がいると茶化すこともできるんだけど、一人のときって恥ずかしい。
 走り出してからも左手の肘のあたりがずきずき痛い。あゝ、格好悪い。死ぬまであと何回転ぶんだろう。町内会や学校のリレーに借り出されて、バトンを渡す寸前でれれれれれれと、前傾の姿勢のまま転んだこと二回。気持ちはせいても足がついていかない哀しさ。痛む足腰をかばいながらのろのろとペダルを踏む私の横を子供達が軽やかに駆け抜けてゆく。子供達はぱたぱたとよく走り、よく転ぶ。それでもすぐに立ち上がり、もう笑いながら友達を追いかけている。むきだしの細い足に赤チンを塗った膝小僧。ビニールバッグに入れた濡れた水着。遠い遠い夏の昼下がりが瞬間、私の心をかすめて過ぎた。

  駆けてくるプールの匂いとすれ違う やよい
← 2005.7.7
2005.7.8
 
2005.7.9 →