短歌ヴァーサス 風媒社
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★短歌ヴァーサスは、11号で休刊になりました★
2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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若原光彦

 
薄れざる者たち

 最近、熱いお茶をおいしいと感じるようになった。秋が深まりつつある。

   *

 私は記憶力が悪い。前にも少し書いたが、私は自分の顔と名前を憶えられるのが得意で、人の顔と名前を憶えるのが苦手だ。相手の年齢、経歴、以前に話したこと、名刺を渡したかどうかなども記憶から抜ける。

 ただし、街頭や商店、駅などで見ず知らずの人と話した記憶は、持続力が強い。

 たとえば先日、公園のベンチで老人から話しかけられた時のことはまだ鮮明に憶えている。いきなり声をかけられ戸惑ったが、結局はどちらからともなく言葉を発していた。私たちのした会話は「今日は風が強いな」「でも陽なたは暖かい」といった天気の話題だった。誰かとそんな話をしたくなる、穏やかで、胸騒ぎのする、暖かい日だった。
 こんなこともあった。私がある店の開店までバス停のベンチで時間を潰していると、バスを待ちに来たご婦人が話しかけてきた。ご婦人は兵庫の出身で、今は大垣に済んでおられるのだという。今日はこれからバスに乗って病院へゆく予定らしい。私が流れで『大垣にはお嫁に来られたんですか』とたずねると、彼女は言葉を濁らせた。何か事情があったのだろう。私は失礼を詫び、その後はバスが来るまで『やはり岐阜とはイントネーションが違いますね』「そうかしら」「この辺は穏やかですね」「あそこで掃除してる人に感心します」などと、とりとめない話をした。
 ほかにも記憶に残っている人はいっぱいいる。道を訊ねてきて、すごい笑顔で去って行った女性二人。煙草屋で「今それは切れてるのごめんねぇ〜」と朗らかに詫びた店主のおばさん。どれも明るく、緊張する、二度とない場面だった。愛しいとさえ思う。

 イベントなどで表現者と話すのも楽しいが、なぜかそれらは記憶から薄れやすい。強烈な体験や人物より、穏やかで何気ない出来事の方が私の脳には定着しやすいらしい。
 私は見知らぬ人とのなんでもない会話が好きだ。フランクに誰とでも世間話ができたら、きっとどこへ行っても楽しいだろう。私はよく「じじくさい」と人に言われるが、そう言われても悪い気はしない。永六輔みたいなじいさんになりたいな、と時折思う。
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