短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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櫂未知子

 
食い物の恨み

 「き、きのこにしてください」。
 某東京會舘で立食式パーティーがあると、私は必ずオムレツを食べる。目の前で焼いてくれて、しかも具を選べるのが嬉しい。しかし、今年の角川の新年会では何ひとつ口にできなかった。理由?忙しかったから。同人誌「里」の仲間であり、私が元いた結社「港」の後輩である仲寒蝉君が今年の俳句賞受賞者だったから、その後の二次会の人数確保だの何だのが心配で、食欲そのものが湧かなかった。その結果として、水割り半杯とワイン少々に1万5千円也を払ったことになる。その飲物も、バーにたどり着くまでにたくさんの人につかまり、やっと手にしたものだった。別に私が受賞したわけでもないのにおかしな話だが、知人が増えすぎたことと、寒蝉君受賞に関するあれこれがダブルで作用したらしい。
 俗に「食べ物の恨みはおそろしい」という。期待していたのにどうしようもないものを供されたりした時に使う言葉なのだろうが、今回は少し違う。会の真っ最中は食欲を覚えなかった。何も考えなかった。しかし、同人誌の仲間達が「あれは美味しかった」「○○ちゃんはプチケーキを6個も」という話をあとでするのを聞くにつれ、むらむらと「食い物の恨み」が成長してしまったのである。ああ、私はなんと無駄な時間を過ごしたのだろう。いつものオムレツを一皿貰いに行ってもよかったのに。誰某につかまらずにローストビーフを食べていればよかったのに。ああ、悔しい。人間って、どうしてこんなつまらないことを悔やむのだろうと思っても遅い。遅いが、後悔を反芻することも楽しみの一つといえばそれもそうで。
 俳句はごく即物的な文芸。あの太った鹿が旨そうだなと思えばそのまま句にする。食べ物の季語もぞんぶんに楽しむ。心残りは、あの日の一食分を綺麗に失ったこと。もっとも、ビュッフェスタイルの会でまともに食べたことなど今まで一度もないが。
 
  幻のオムレツを焼く春隣     未知子
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