短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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櫂未知子

 
憧れの夜鷹蕎麦

 まだ試したことのないものの一つに、「立ち食い蕎麦」「屋台で一杯」がある。たまたま連れの男性が「ちょっと寄って行くか」と言ってくれない限り、女はなかなか楽しむことができない領域だろう。
 話はいきなり変わって、私の実家は模型店である。北海道の小さな町にしては無闇に本格的な店だった。間口が狭いくせに奥行きはたっぷりあって、30坪あった。誤解している人が多いが、模型店は玩具店とは異なる。玩具店は出来合いのものがメインで、模型店は自分で組み立てることが基本。流行のサイクルが短いのは玩具店で、ヒットすれば長く売れるのが模型店。客の男女比を見ると後者は圧倒的に男性天国である。
 天井から床までぎっしりのプラモデルを見ながら私は育った。年末年始は子供部屋も倉庫代わりで、階段も踏み板の半分は模型で占領されていた。プラモデルだけではなく、ラジコンカーもラジコン飛行機も鉄道模型もあった。「ああ、おもちゃ屋の子に生まれたかった」と当時はさんざん嘆いた。でも今、都内で立派・非立派な模型店を見かけるとふらりと立ち寄るのは、自分の育った環境を肯定しているせいか。
 クルマ、飛行機、船、戦車、バイク、鉄道、ヘリ、フィギュア、城…と眺めていって、どうにも納得の行かないものがあった。それが前述の「屋台」の模型だった。蕎麦の屋台であるとか、簡素な茶店であるとかが、ちゃんと製造され店頭に並んでいたのだった。「こんなもの、誰が買うんだろ」と不思議でならなかったが、買う人がいるんですね、ちゃんと。「売れる」までは行かないまでも、ほんの少し仕入れた分をぽつりぽつりと買って行く人がいた、これは今でも謎のままである。
 実物を見てから模型を見て「よくできてる」と人は言う。私はその逆、模型が先で実物は後。田舎には屋台などない。屋台がやっていけるのは都会だけである。死ぬまでに屋台の蕎麦か「ちょっと一杯」を経験しておきたい。
 
  わけありの男女三人夜鷹蕎麦   未知子

 
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