ぼくらが旅に出る理由(2)
東京への引越しは時間的にも金銭的にもさすがに自分で車を運転して、というわけにはいかなかったので「単身パック」というのを利用することにした。本や紙がかさばり、荷物はコンテナ二つにぱんぱんになった。 引越しの日の午前、ボストンバッグひとつを手に、何もない部屋のかすかな日溜まりに膝を暖めつつ荷物の到着を待った。安価なプラン特有のサービスというやつで到着時刻ははっきり決まっていない。ただでさえ日当たりの悪い部屋が電燈をつけなければならなくなった頃、さすがに何の連絡もないことを不審に思い、引越し会社に電話をかけた。トラックの到着予定を確認したいと告げるとドライバーから電話をさせます、という。小一時間後、もう近くまで来ていますとドライバーの携帯電話から連絡が入る。やっと到着した車に駆け寄り、荷台の扉が開いて私は二度がっくりした。コンテナが一つしか入っていないのである。 再度引越し会社に電話をすると電話口の女性は悪びれもせず「荷物がなくなったようです」と答えた。怒りを通り越しびっくりした私は、とにかく探して今日中に経過を必ず連絡するよう告げて電話を叩き切った。ドライバーは「荷物は揃わないと受け渡しできないので持ち帰らせていただきます」とか言う。おいおい大丈夫か、と思いつつ車を帰す。その日は埼玉の友人宅に泊まらせてもらうことになった。仕事が終わった友人に迎えに来てもらうまで、がらんとした部屋の真ん中にぺしゃりと座って、このまま荷物が戻ってこなかったらどうしよう、と青くなった。 しかし実は心中はうっすらと平静になっていた。このまま何もかもがなくなったとしても、実は困らないのではないか?バッグひとつのなけなしの荷物を持ってこのドアを出て行けば、今の私はかき消えてしまうんだというたまらなく甘美な誘惑が、不安と平静の境目あたりをちくちくつつきだした。ある瞬間の私は、本当の本当にそれでいいと思った。 結局、行方不明のコンテナはその夜のうちに発見され(保管庫の別階に放置されていたらしい)、翌日にはすべての荷物が耳を揃えて引き渡された。部屋を満たした段ボールの山を見上げて、私はこんなに何を持って来たのだろう、と思った。生きていくのにほんとうに必要な荷物が、この中にどのぐらい含まれているのか。ぶつぶつと考えを巡らせながら箱をあけていった。箱はなかなか減らなかった。 |