短歌ヴァーサス 風媒社
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★短歌ヴァーサスは、11号で休刊になりました★
2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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佐藤りえ

 
動作確認

 いそぎの原稿や手紙を書き終え、とにかく一刻も早く届いてほしいので郵便局の夜間窓口に持って行くことがある。切手の買い置きがあればポストに入れるだけで済むが、そういう時に限って買い置きがないとか、額が足りないとか、不備極まりないのである。
 日付けの変わった頃、今の時分ならサンダルをつっかけて、真冬の頃ならコートに手袋をして、歩いて15分ほどの坂の上の郵便局へ急ぐ。帰り道の自動販売機で缶コーヒーを買い、行儀悪く歩きながら飲む。買うのはたいがいカフェオレなので缶カフェオレと記すべきか。家の近くの片側4車線の幹線道路に出る。人も車もほとんどいない。思い出したように時折、長距離トラックや回送のタクシーがごうっと走り抜けて行く。横断歩道の途中にある幅2メートルほどの中州のようなところ(安全地帯?)に立ち、残りの液体を飲み干す。まっすぐに続く街道の、はるか向こうの信号までいちどきに見渡せる。遠くから手前に向かって順に青信号に変わっていく様子は波が押し寄せるようだ。
 こうして車通りのない大きな道路のまんなかで、道の彼方をぼーっと眺めているのが好きだ。目の前の道が、日本のはじっこのどこかまでするする伸びているのだと思うと、無性にうれしくなる。舗装路が土に変わるところまでそのまま歩いていきたくなるが、夜だし、「行きたいなあ」と思うにとどめる。高層建築の谷間に落っこちて、いりくんだ路地に迷って、蜘蛛の巣にひっかかって、ひげ根が生えて、もう動けないかもしれない、と弱っていた気持ちが少し軽くなる。
 はるか彼方にある、葉ずれの音のするところ、潮の匂いの満ちるところを強くイメージする。そういう滋養のあるところを恋いながら、いま私は、便利な場所で生きている。
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