短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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櫂未知子

 
サンドイッチの誘惑

 紙のように薄く、常に片手で、しかも素手で食べられる――何のことかと思われるだろうが、つまりはサンドイッチのことである。
 二十数年前、東京は銀座資生堂で銀のトレーにのった「紙のように薄い、小型のサンドイッチ」を食べた。ああ、これこそ、私の求めていたサンドイッチだと思った。なぜ感激したかというと、それまでさんざん読んでいたクリスティーの小説によく出てきていたからだった。あるいは、創刊してから日の浅かった雑誌「クロワッサン」でも紹介されていたからだった(当時の「クロワッサン」は、ある特定の雑貨や食物についての優れた小説や随筆の抜粋文をよく特集していた)。
 私にとってのサンドイッチは、紙のように薄い、それが第一条件。無闇に具をはさんだものも駄目。土台のパン同様、具もつつましやかで薄く平べったくなければならない。そして、ごく小さく切られていなければならない。もともと、カードゲームをしながら空腹を満たすという至極横着な欲求を満たしてくれていなければならない食物なのだから。
 英国に長期滞在していた頃、スライス済みの食パンが皆ごく薄いことに気付いた。日本で「サンドイッチ用」として売られている薄さのものが、あちらではトースト用だった。というより、用途には関係なく、パンはあくまでも「何かをのせるもの」であり、主食ではなかった。このことは、林望の著書を読んで納得した。つまり、日本の食パンのCMで「ダブルソフト」や「もちもち食感」が謳われるのは、パンを主食と考えるからなのだと。
 英国といえばフォトナム&メイソンのティー及びその時に出されるスコーンやサンドイッチが有名である。しかし、まともな神経を持った英国人なら、わざわざ大枚はたいて、あそこでお茶を楽しんだりしない。安物の(しかし美味しい)紅茶、いい加減なサンドイッチ。それもまた素敵に楽しい経験だった。
 
   秋雨やサンドイッチは横たはり  未知子
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