短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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櫂未知子

 
陽気な西瓜

 ビジュアル的に心惹かれる果物といえば、葡萄と並んで西瓜(秋季の季語)を私は第一に挙げる。皮の黒と緑の縞々の奇抜さ。中身の赤い果肉と、散らばっている種の黒さ――よく考えると、相当奇抜なデザインである。
 数年前、香港発の豪華客船クルーズに乗ったことがある。中国沿岸から海南島、ベトナムなどを巡る旅で、乗客の半数以上が富める中国人だった。彼らの食事風景を見ていて驚いたのは、たとえばヴァイキングスタイルのダイニングルームがあったとして、「フルーツはとにかく西瓜」だったこと。メロンもオレンジも目に入らないらしく、ひたすら西瓜、西瓜、西瓜。皿一枚に西瓜が芸術的に積み上げられてゆくさまを私は呆然と見つめていた。
 実は、私は西瓜の味は好きではない。食べられるが、積極的に食べようとは思わない。母と姉は共に西瓜女で、姉などは西瓜を思い切り食べる音を長距離電話で聞かせてくれたりもする(むろん、私が西瓜嫌いだということを知っての冗談だが、それが見事な音!)。
 その姉の夫が、原子力発電所のある村の学校に転任した。その校内で携帯電話は通じない。なぜ?事故が起きた時に学校は避難所になるから壁が厚いという理由ゆえに。村のカレンダーには、事故が起きた時の心得がデカデカと書いてある(普通の市町村なら地震を想定するものだ)。そして、村民に対するサービスが過剰なほどに用意されているのは何の代償なのだろう。
 この村は西瓜の名産地の一角を占め、本来ならば西瓜ずきな姉にとってまたとない地。しかし、とてもじゃないが喜べない地であることは、村の過疎化とそぐわない施設の立派さや整ったサービスを目にすることで容易に知れる。それでも、そこで暮らさなければならない人々がいる。そこで熟れてゆく西瓜がある。村外れの畑では、西瓜がごろごろのんびりしていた。大きくて、陽気だった。

  ぼんやりと西瓜は甘さ残すだけ 未知子
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