短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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松井 茂

 
おもいつきの詩学(三)

 詩人の松井茂です。詩人だから詩を書いています。あるいは、詩を書いているから詩人です。
 さて、今年の三月に初演された合唱曲『縞縞』(曲・鶴見幸代、詩・松井茂)が八月二八日に東京混声合唱団によって、大阪・いずみホールで再々演されます。お運びいただければ、これ幸い。『縞縞』は、「六百六拾六円+千円=千六百六拾六円。千六百六拾六円+弐千円=参千六百六拾六円」とか、「388ユーロ88セント+500ユーロ=888ユーロ88セント。888ユーロ88セント+1セント=888ユーロ89セント」とか、「689ドル91セント+1セント=689ドル92セント。689ドル92セント+5セント=689ドル97セント」とか、為替相場の用語、通貨の起源を語る聖書風テキスト、純粋詩など一五篇の詩から構成されています。その『縞縞』の解説に、前回引いた「詩は周期性から世界を叙事する行為だ」と書きました。
 周期とは、循環して起こる現象が一巡して最初に戻るまでの単位。叙事とは、「像を叙述するだけで、意味化されない」レベルの記述(古橋信孝「高市黒人」。『高市黒人─注釈と研究─』所収)。つまり、現象のサイクルを書きだすことで何事かを現前させる。私は、それこそを詩だと思っています。
 『縞縞』では、日本円、ユーロ、ドルそれぞれの貨幣を数えていく(足していく)というサイクルが示されており、通貨を基準に分割された文化圏の、数の思想が現れているはずです。上記引用のほか、円、ドル、ユーロの為替レートや、ユーロ移行時のヨーロッパ各国のレートを示したりもしています。『縞縞』は、総体として、ドルとユーロという基軸通貨同士の関係。ドルの地域通貨としての円。地域通貨を廃止したヨーロッパ。グローバリゼーションとローカリゼーションの併置……等々、ある基準でスキャンした世界の「ものずくし」の詩となっているのです。長くなりましたが、去りゆく夏を偲びつつ、『枕草子』「暑げなるもの」を引用。「随身の長の狩衣。衲の袈裟。出居の少将。いみじう肥たる人の、髪多かる。六、七月の修法の、日中の時行ふ阿闍梨」。
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