呼名考
短詩型の世界にいる以上、慣れる以外にはどうしようもない気がするのだが、歌会や句会やその他の場で、雅号やファーストネームで呼んだり呼ばれたりする、あの雰囲気がかなり苦手である。 結婚で同姓になり、家人を姓では呼べなくなってしまったため、女性のファーストネームには少しだけ慣れた。それでも男性についてはいまだに苦手中の苦手である。穂村弘さんが、いつの頃からか、加藤治郎さんを「治郎さん」、水原紫苑さんを「紫苑さん」と呼びはじめたのでどきどきしていた。ま、ま、まさかぼくのことまでファーストネームで呼んだりしないだろうな、と。幸い、何か伝わるものがあったのか、呼び名が「オギー」に落ち着いて心底ほっとしたものである。 なぜそれが苦手なのか、自分でもよくわからない。トラウマでもあるのだろうか。ともあれ、苦手なものは苦手なのだからとひらきなおるしかないし、場に応じてのらりくらりと切り抜けるくらいはなんとかなるだろう、などと高を括っていたら、このところ、罠を仕掛けてあるとしか思えない、ぼくを困らせる名前の男性歌人が増えている。 その究極的な一人は、謎彦さんである。伝統性の高いネーミング手法であり、きわめて親しみやすい名前ではあるのだけど、しかしこれではフルネームで呼んでいるのに、まるでファーストネームで呼んでいるみたいで、どうしたらいいかわからないではないか。 さらに輪をかけて厄介なのは、斉藤斎藤さんである。先日、この、プリンプリン物語風な名前を、フルネームで呼ぶのはどうも不自然な感じがするので、うっかり「さいとーくん」と呼びかけてしまった。にっこりとした表情で返事をされて、罠に気づく。あー! 今のは「斉藤」なんだからな、姓の方の「斉藤」で呼んだのだからな、と訂正するのも大人げないし……。まったくもう。 |