短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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佐藤りえ

 
想定外について

 深夜、浴室の電球が切れてしまった。替えを探したが、買い置きはない。仕方なく、家中でもっとも利用頻度の少ない玄関先の電球をはずしてつけかえた。ソケットは同じで、ぴったりだった。ただし、電球の大きさそのものが違う。ワット数も違う。とりあえず点灯したけれど、なんだかむやみに明るい。窓のない浴室のこと、洞窟風呂のままでも困るので、とりあえず当夜はそれでしのぐことにした。あの電球も、まさか風呂場を照らすことになるとは思わなかっただろう。
 散歩の途中、すれ違う犬に強い違和感を感じて振り返った。よくよく考えると、違和感の根拠は犬のルックスにあった。五分刈りだったが、あの犬はポメラニアンのはずだ。犬じしん、自分の毛が本来はふっさりと全身を覆うようなものだとは、ゆめゆめ思わないだろう。そうまでして飼い主が五分刈りのポメラニアンを飼う理由は何なのか。短毛の犬はいくらでもいるというのに。
 ある深夜、携帯電話が鳴ってすぐ切れた。ワン切りか、と着信記録を見たら、かかってきたのはTV電話だった。TV電話のワン切りはかけ直したら誰が出るのだろうか。そもそもワンコール目でつながったら、どうしていたのだろう。着ぐるみでも着て待っているのか。気になる。今度は出てみようかと思うが、二度とかかってこない。
 学会から帰って来た夫が差し出したおみやげは「ヒポクラテス煎餅」だった。塩味、醤油味の煎餅の表面に、プラタナスの葉(ヒポクラテスはプラタナスの樹陰で医学を説いたとされている)に囲まれた眼光鋭いヒポクラテスの顔がプリントされている。けっこうシリアスなイラストレーションだ。添えられた説明書きには「ヒポクラテスの偉業を噛みしめつつ(中略)医聖の心を玩味し、医学の発展に貢献する決意を新たにされたい」とある。はるか日本の地で、煎餅に刷られて食べられちゃうなんて、さしものヒポクラテスも思わなかっただろう。「ヒポクラテス煎餅」はおそれおおくてまだ手つかずのままである。
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