短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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黒瀬珂瀾

 
天使が辿る

  身の九竅七つまで顔に集まれり げにおそろしや目鼻耳口

 この歌は、詩人・多田智満子の没後に出版された歌集『遊星の人』(邑心文庫)に収録されている。身体に9個ある穴のうち、7つまでが顔に集まっているということに畏怖を感じる、という歌である。だが、正直言って、この歌はさほど優れた歌とは思えない。「身の九竅七つまで顔に集まれり」という発見をストレートに言葉にして、それに対する恐れがこれまたストレートに「げにおそろしや」と語られることで、せっかくの衝撃が歌の内部だけに回収されているように思うのだ。

  九竅のうちの七つを晒しつつ歩む神戸を覆ふ春寒

 そこで、この歌である。この歌は多田の一首の盗作であろうか? 結論から言うと、盗作である。なぜなら、オレ様が作ったから。なぜ盗作になるか? その理由は、オレ様が多田の歌を先蹤として知っており、それを意識して作ったという、作者サイドの内部の問題のみにある。さて、「身体に9個ある穴のうち7つまでが顔に集まっている」という事実は、歌の素材としては非常に素晴らしい。この事実を発見した多田の歌は、それだけで価値がある。しかし、では、この事実を詠んだ歌は、多田の歌以外に存在してはいけないのだろうか? この素晴らしい素材から得られた歌として、多田の一首は、あまりにも「もったいない」と思う人はいないだろうか?

 話は変りますが、2004年に公開された『デビルマン』という映画があります。これはもう、ここ10年に1本とでもいうべき稀少かつすさまじい映画でして。例によって「美少年アイドル」らしい双子が不動明と飛鳥了を演じてましたが、大根もここまでくると良く煮込んだおでん並の味だな、といった程の口調で「体はデーモンだけど心は人間だ。ハッピーバースデー、デビルマン!」とかおっしゃられた瞬間などはオレ様、感動のあまり涙、涙のリミットブレイクで銀幕が見えませんでした。「デーモン万歳!」と叫んで射殺されるKONISHIKIを見たときは、異形のデーモンたちの哀しみ以前に、ああ、お仕事って大変だなあ、とまたもや感涙を禁じえませんでした。そう、この『デビルマン』こそ、全国のファンの怨念を浴びた那須博之監督が翌年急逝してしまったくらいの問題作なのです。

 http://www.ne.jp/asahi/hp/mastervision/devilman.html

 しかし、『デビルマン』の一番の罪悪は、この映画自体が斜め45度にすっ飛んでいることではないのです。この一本が作られてしまったことにより、もう『デビルマン』が映画化されることは無くなってしまった。すくなくとも10年は『デビルマン』の映画化の企画など持ち上がらないでしょう。先に挙げた批評サイト主がいみじくも述べているように、日本漫画史に燦然と輝く、永井豪の傑作「デビルマン」を原作とした、ありうるはずの傑作映画『デビルマン』が幻となったこと。それがこの映画の最大の「悪」なのです。

 で、こんな映画をしっかりお金払って見てるオレ様が一番嫌、というのは別のお話。

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