短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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荻原裕幸

 
金魚日

今日は金魚日だから/社員はみんな/ハンコを持って
社長室の前に/並ばなければならない
(水無田気流「金魚日」)

 金魚日というのは、題だけを見た印象では、金曜日がことばとして捩れたのかなと思っていたのだが、判子があらわれて、どうやら違うようだと気づいた。営業部のタカハシさんは、硝子の鉢に入った赤の蘭鋳をゲットしてたいそう得意げであったというし、社員はみなそれをうらやんだという。そして語り手である私はと言えば、業績書を一目見ただけの社長から、ビニールの袋で黒い小さな出目金を渡される。たぶん金魚日とは、給料日の変形か進化形なのだろう。
 この場合、蘭鋳は出目金よりも、価値のあるもの、であるようなのだけど、社会的な読み解きをしようとすると、行き場のない不条理のなかに閉ざされてしまう。時代が時代なら、労働と雇用をめぐる、諷刺のきいた佳品という感じでうけとめられたのかも知れない。実際、読んで安部公房の初期の短編を思い浮かべたりもしたが、「金魚日」のテキストが視線をそそいでいるのは、労働の不条理と言うよりは、貨幣の謎なのだろうと思う。私は、食べることもできない魚に価値がそなわる謎を解き明かすのではなく、謎の渦中であるここで生きようとしている。

 世界がカオモジで記載される夜に
 私は君とどの地点で待ち合わせよう?(「電球体」)
 太陽の下で/交換可能な私の日常は
 イラナイモノからできている(「音速平和」)

 第一詩集『音速平和』(思潮社)のことばたちは、わかっていたはずのこの世界をどんどん不可解なものにする。むろんそれは、読者に生きづらい世界なのだと教えるためではないだろう。結果として、こんなに不可解な世界をなお生きている自分たちの姿を満喫できるのだから。
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