短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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斉藤斎藤

 
根本さんが朝礼で怒っている

 オフィスビルの開かない窓際には太ももの高さからななめに冷気を吹き上げるエアコンがあって、太ももの高さはひょいと腰を掛けたくなる高さだからひょいと腰を掛ける奴があとを絶たない。ましてそのエアコンが椅子ひとつない喫煙室の窓際に据えられているとなれば、ひょいと腰掛けたまま一本のタバコを吸うでもなくフィルターのつけ根まで灰にする奴もあとを絶たず、そんな垂れきった瞼では「エアコンに関して」なる貼り紙も目に入らないか目に入っても読まないか読んでも頭に入らないだろう。
 そんな現状を見かねた根本さんが朝礼で怒っている。
「私から一点。喫煙室のエアコンの上に座っている人がいます。ごく一部の心ない人間のために、ましてや煙草を吸わない方にまでこのようなお話をするのはまことに心苦しいところですが、エアコンの上に座らないという貼り紙が貼られているのであれば、エアコンの上に座ってはいけないのです。エアコンのパネルが何度となく割れて、ビルの管理会社から損害賠償を求められかねないのが現状です。ここはオフィスビルなのですから、会社がビルに家賃を払っているというみなさん意識を高く持ってください。エアコンの上に座らないよう注意させていただきます。私からは以上です」
 根本さんは意識を高く持っている常に背の高い女性で、猫背のぼくらに目もくれずいつも違う色のスーツでぷりぷりぷりぷり歩いている。会社がビル会社に家賃を払っていることを意識するのに高いも低いもあるとは思われないけれどそういうツッコミはたぶん根本さんへの愛が足りない人がしてしまう種類のツッコミで、そんな意識まで高く持たざるを得ない根本さんのぷりぷりをぼくは背中から抱きしめたいと思った。でも根本さんはぼくになんか抱きしめられたくないというぼくは意識を高く持つということ、そして誰もいない喫煙室のエアコンの上にひょいと腰掛けつづけることが根本さんに対するぼくなりの愛だということを根本さんはずっと知らなくていい。ぼくが根本さんを愛しているという貼り紙がどこにも貼られていないのであれば、ぼくは根本さんを愛してはいないのだから。
 愛してるよ、根本さん。
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