短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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佐藤りえ

 
東北の雪

 目覚めたら窓から見える階下の道は真白だった。寒いと知りながら開く窓の向こう、冬の田はいちめん雪をかぶっていて、わずかに盛り上がった畦のあたりを押さえたら、パキンと折り分けられそうだった。日当たりの悪い路地は、午後になっても綺麗な雪で道じゅうが覆われていた。
 誰かの足跡を踏むように歩くとき、スニーカーの跡やビジネスシューズの踵の跡に混じって、犬の軽やかな足跡が蛇行しているのに気づいた。車の屋根に積もった雪から、フロントガラスに向かって水が流れ落ちる真昼、弁当を買いに行くだけで手指が冷えた。マンションの入り口には『水道凍結注意』の張り紙が毎冬あった。はげしい雪のなか、車の走行音はくぐもって、どこか遠くから聞こえる。タイヤチェーンを装着した路線バスやダンプカーだけが、修行のように一定のリズムを刻みながら、しゃり、しゃり、と近づき、また遠ざかって行った。学校の門前に並ぶ、おびただしい数の自家用車に乗り降りする子供は、ことさら幸せそうに見えた。
 眠る前、結露だと思って触った窓の水滴はすでに凍っていた。掌で拭ったぐらいでは取れない霜が窓全体を覆う。電気を消して少したつと、降雪の夜、戸の外はうっすら明るく感じられた。風呂で暖めたはずのあしさきが途端に冷えて眠れなくなる。部屋をじゅうぶんに暖めておかないと、鼻先もすぐに冷たい感じがしてくる。通勤にはいつもの倍の時間がかかるだろう。暖気運転のために、少しはやめにエンジンをかけなければならないし、道は必ず混むだろう。そんなことを考えれば考えるほど眠れない。
 ひざの丈まで積もっていた雪が、脛、くるぶしと嵩を減らしていったのは、いつのころからだったのか。あの日、アオヤギくんのお兄ちゃんが作ったカマクラは、どうなったのだったか。屋根が崩落したのか、駐車場にあったから、車が通って崩れてしまったのか。どうしても思い出せない。

  東北の雪を踏むべき指先のつめ丹念に切り揃へたり
                  大口玲子『東北』
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