短歌ヴァーサス 風媒社
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2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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矢島玖美子

 
美学

 友人から写真が送られてきた。鬘や猫の耳をつけて熱唱しているのは誰だ。わたしだ。四十歳を過ぎてカラオケに目覚めるとは思ってもいなかった。
 わたしが通っていた高校は、自由な校風とイベントが多いことで有名だった。望んで入ったにも関わらず、どこか馴染めない自分がいた。文化祭の舞台で文明堂のコマーシャルのように熊の着ぐるみを着てラインダンスをさせられそうになったときは、ナレーションに逃げた。映画「ロッキー」のパロディのフィルムを作ったときは、顔が見えないような被り物をする役に回った。要するに自意識過剰だ。今ならおもしろがってやるだろう。自分の内にある硬い結び目のようなものをほどく方法を、あのころは知らなかった。
 イベントの中でも名物と言われていたのが、卒業生を送り出す予餞会だ。目玉は三年の担任たちによる演劇で、わたしたちのときは「白鳥の湖」だった。いい年齢のおじさんたちが似合わない衣裳をつけて奮闘する。客席は爆笑だ。
 最後には生徒たちから花束が贈呈される。が、そこにうちのクラスの担任はいなかった。わたしたちの花束は代理の先生が受け取った。
 会が終わった後、教室で先生が言った。
 「わたしはああいうことが苦手で、いつも断ってきた。でも、さっき、お前たちがさみしいと言っていたと聞いた。悪かった」
 わたしは先生の顔を見ることができなかった。ぶっきらぼうなその言い方が、今でも耳に残っている。すでに中年だった先生に、自意識過剰という言葉はあてはまらないだろう。美学というほうがふさわしい気がする。
 あのとき生徒たちに謝った先生は、その後予餞会の舞台に立つことがあったのだろうか。確かめる機会のないまま、数年前亡くなったと聞いた。
 カラオケ写真には「次の課題曲はマツケンサンバねー」と手紙がついている。

  欠席の葉書に理由など入れず         金築雨学
         (2000年 北宋社刊『現代川柳の精鋭たち28人集』)
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