短歌ヴァーサス 風媒社
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★短歌ヴァーサスは、11号で休刊になりました★
2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
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増田 静

 
屋上にて(23)

 あんまり寒いので温泉に通っている。温泉とは世田谷の例の天然温泉で、夏と違って最近は歩いて出かける(屋上にて第8回参照)。家にもお風呂はあるが、ユニットバスのせいか却って体が冷えてしまい(屋上にて第18回参照)、雪の日などは命の危険さえ感じて、いそいそと温泉へゆく。
 更衣室で裸になる。そのことを中には恥ずかしく思う人もいるようで、そこでの人間模様はいろいろだ。つい先日はやけに励まされている人がいた。
「ほら!自然体で!がんばって!」
 白髪のおばあさんが、すでに半分は脱いでしまった奥さんから強い口調でけしかけられている。おばあさんはうつむきがちでコートも着たまま。つまり奥さんとしては脱いで「自然体」になることをうながしているのだったが、言われたおばあさんは困ってしまっていた。温泉なので裸は確かに自然体だ。だが、人間であれば服を着用しているほうがよほど自然体だ。多くの赤の他人の前で服を脱ぐとは、おばあさんのこころの均衡を揺さぶるような事件であった。単に奥さんのことを嫌いだっただけかもしれないけど。
 遅い時間になると、子ども連れが増える。また外国の人も増える。外国の人たちは、たいてい2、3人で来て、お湯につかるときも2、3人でいっしょにつかる。子どもたちのはしゃぐ声と、あやふやな日本語。夜の温泉は、昼間のように明るくにぎやかだ。外国の人たちは湯からあがると、最低限の服しか身につけない。短パンにタンクトップ、長い髪を揺らして休憩室にゆき、ソファに座ってテレビを見る。南の島の我が家にいるような彼女たちの自然体。わたしと言えば、パンツをはき、ブラジャーをつけ、長そでの下着、毛糸のくつ下、くるぶしまでくる厚手のスパッツと、その上からスキーズボン、長そでのカットソー、ハイネックのセーター、厚手のブラウス、ダウンジャケット、マフラーまで巻いてようやく安心する用心深さ。そのくせドライヤー代(30円)をけちって、濡れた髪のままで、おもてに出る。
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