短歌ヴァーサス 風媒社
カレンダー 執筆者 リンク 各号の紹介 歌集案内

★短歌ヴァーサスは、11号で休刊になりました★
2004.8.2〜2006.6.30の期間(一時期、休載期間あり)、執筆されたバックナンバーをご紹介します

 
← 2004.6.30
2004.6.31
 
2004.7.1 →


松井 茂

 
おもいつきの詩学(五)

 詩人の松井茂です。詩人だから詩を書いています。あるいは、詩を書いているから詩人です。
 さて、二〇〇四年八月二九日に、第一四回芥川作曲賞選考演奏会が行われました(*1)。これは、作曲家の芥川也寸志の功績を記念して創設された賞で、一四回を数える現在では、日本の現代音楽界の非常に重要な賞のひとつとなっています(蛇足ですが、親子それぞれの名前を冠した芥川賞があるわけね)。そして今年の芥川賞は、三輪眞弘(*2)の「村松ギヤ・エンジンによるボレロ」(*3)が受賞しました。三輪さんは、私も参加している「方法」(*4)のメンバー。というわけで、これはとにかくめでたい。ブラボーなことです。おめでとうございます。三輪さん!
 三輪さんは、いろいろな意味で「物議をかもす作曲家」だと私は思っています。それが具体的にどのような「物議」なのかは、実際に音を聴き、そのライナーノートに接しください。作風は、アルゴリズムによる作曲と、現代においてその音楽が制作される必然性を明確に環境設定していくスタイルと言えます。環境設定とは、今回の曲だったら、架空の少数民族ギヤック族の民族楽派の作曲家として西欧的音楽語法で、米英のイラク侵攻の時期に作曲した(と、これだけ取り出してもわかりにくいとは思いますが……)ことで、全文を読むと西欧音楽の植民地主義的な側面への批評にもなっているといたりします。つまり、音以外の部分にも、曲のディテールが含まれる作曲家だという点で特筆すべき人なのです。
 ところで、一九一三年にストラヴィンスキーの「春の祭典」がニジンスキー振付で初演されたとき、劇場はたいへんなスキャンダルになったと言われています。その背景には、興行主のディアギレフが劇場にさくらを入れて、わざわざブーイングをさせたからだという説もあります(演出は必須か!)。芥川賞の演奏会でも、それにならって「方法マシン」(*5)を含む友人達が、三輪作品演奏終了後、ブーイング&ブラボーを行いました。これは生温い日本の現代音楽シーンに対する、批評のつもりでもありました(現代と名の付くジャンルはどこもいっしょでしょうけどね)。つまり、我々は本気で芸術をやっているにもかかわらず、「現代ものだからね。まあ、とりあえずよかった。それほど褒める気もないけど、わざわざ否定する気もありません」的な多くの聴衆に対する、意識的な観賞を促したかったわけです。
 演奏に引き続いた公開選考会でも審査員に対して、三輪評価発言があると、マシンは「We LOVE 三輪」と書いた横断幕やら、「方法主義」と書かれた団扇やらを振って拍手を続けました。すると選考委員のひとり野平一郎氏(*6)が、マシンに向かって「スポーツじゃないんですから、我々は芸術を審議しているんです」と注意してくれました。マシンもむしろそれを明言するためにやっていたので、選考委員が芸術を確認した上で、三輪評価をしてくれたのは、「方法」的にありがたいと思った次第でした。マシンを注意した野平氏へ、客席から賛同の拍手もあったりして、聴衆も芸術を確認した上、選考委員全員一致で三輪さんが受賞したのですから、非常にうるわしい事件だったと思います。
 さて、前回も『音楽と社会』から引用をしましたが、同書の中で、バレンボイムが、「物議をかもす」という言葉を、「褒め言葉」だとして説明しています。芸術家にとっては全くその通りでしょう。それを認めた上で、サイードは次のようにこたえます。一般的な聴衆は、「そういうつもりでは使っていない。彼らが言いたいのは、この人物は、自分たちが至上の目的としている「現状維持」を邪魔するやつ」だ、と。確かに芸術は、大多数の人の「現状維持」を邪魔しているでしょう。しかし、次なる現代のスタンダードを作っているとも言えるかも知れない。どうなることかは分からないけれど、必然性を感じて行っていることをやめるわけにはいかないでしょう。

 *1芥川賞:http://www.suntory.co.jp/news/2004/8889.html
 *2三輪眞弘:http://www.iamas.ac.jp/~mmiwa/
 *3村松ギヤ:http://www.iamas.ac.jp/~mmiwa/MuramatsuGear.html
 *4方法:http://www.aloalo.co.jp/nakazawa/method/
 *5方法マシン:http://www.method-machine.com/
 *6野平一郎:http://www.ff.iij4u.or.jp/~nodaira/
← 2004.6.30
2004.6.31
 
2004.7.1 →