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佐藤りえ『フラジャイル』批評会レジュメ  櫂未知子


□春

隣室に他人行儀な沈黙が棲み続けたるこれやこの春(41)
    ○これやこの江戸紫の若なすび  宗祇
    ○これやこの露の身の屑売り申す 川端茅舎

地下道の窓に貼り付くひとひらの桜のように春とはぐれたり(39)
    ○バスを待ち大路の春をうたがはず 石田波郷
さくらばなちるさくらばな石段を数えて降りる君の肩にも(47)
    ○ちるさくら海あをければ海へちる 高屋窓秋
わたしからいちばん遠い星で泣くひとの涙のさくらしべふる(42)
    ○さくら蕊ふる教師猫背の調べもの 能村登四郎

東風吹けばみるみる飛んでいくものにまぎれて父が見えなくなりぬ(74)
    ○荒東風に吹かれゐて耳とほき母  廣瀬直人

人気なき午後の廊下を春の陽が少し斜めに過ぎてゆくこと(42)
    ○大いなる春日の翼垂れてあり   鈴木花蓑
春の河なまあたたかき光満ち占いなんて当らないよね(44)
    ○春の川眼の前に来て流れけり   橋門(門構えに月)石
春の雷まこと近くに落ち来たり足の裏よりめざめるからだ(115)
    ○好きなものは玻璃薔薇雨駅指春雷 鈴木しづ子

岩間からココニイルヨと声がする閉じたイソギンチャクの身じろぎ(116)
    ○いそぎんちやくその他生きとし生けるもの 京極杞陽
ホタルイカ漁の男よ 北風が磨きあげたる瞳を持ちて(120)
    ○橋くもる日の深皿の蛍烏賊   澁谷道

蝶の背のピンを抜いてももう二度と飛ばないことはわかってるのに (12)
    ○蝶の胸刺したる針も供養せり 中原道夫


□夏

駅裏のへんな形にからまった自転車を見て泣いたはつなつ(16)
はつなつの青葉若葉を振り仰ぎ名前で呼ぶにはまだはやすぎる(83)
ライティングデスクの上の五線紙をくすぐりながら射す青葉影(76)
    ○青葉して御目の雫拭はばや   芭蕉
    ○あらたうと青葉若葉の日の光  芭蕉

葉桜のした歩みつつ突風のごとき記憶に髪を乱しぬ(41)
    ○葉桜の中の無数の空さわぐ   篠原梵

もう一度聞きたしけんか腰にして花火きらめく君の説教(48)
世界中花火が終わらないのです。水平線を焦がす紅(108)
    ○ねむりても旅の花火の胸にひらく 大野林火

つま先は泉に触れていたりけり行こうと言ってくれれば誰か(49)
    ○二人してしづかに泉にごしけり  川崎展宏

海鳴りを瓶に詰め込むしぐさにて帰らぬ夏を忘れなければ(98)
コカ・コーラのロゴと瓶とのあわいから仰いだ夏のかけらがささる(107)
    ○夏迎ふペプシの缶を振りながら  櫂未知子

膝をかかえるために集まる数人の誰かを嫌いで好きだった夏(60)
グッピーの水槽を背に過ぎ去りしともだちに会えない夏休み(69)
休日の真昼を佐川急便は夏を運びて今盛りらし (18)
背後には夏を逃れてやすらえるわが影とそのなかの心臓(24)
発火せんばかりに熱し車から取り出だしたる真夏のテープ(29)
    ○太い細い短い長い脚の夏  鈴木六林男

真夏、ひきわり納豆入りのそうめんを発明したる君を讃える(121)
    ○さうめんの淡き昼餉や街の音 草間時彦

バナナブレッドについて語る虹の脚と世界の破滅との関係を(12)
青空のどこか壊れているらしく今日三度目の虹をくぐれり(89)
    ○畦を違へて虹の根に行けざりし 鷹羽狩行

夜の中へだまって溶けていいですか月のプールを更紗で包む(12)
たましいの乾き癒されざるままにプールのごとき学校を出る(72)
    ○いろいろな泳ぎ方してプールにひとり 波多野爽波

シャワーかけあって暴れる水の蛇 南の島の子供になれよ(28)
シャワー浴びつつ憶えなき胸の痣触れればわずかに染み出すオイル(89)
    ○口開けて叫ばずシャワー浴びており 五島高資
泳いでも汗をかかないその肌の秘密というもののなめらかさ(95)
    ○今生の汗が消えゆくお母さん   古賀まり子

この世にはあらざるものの名を借りてなぐさめている夏の夕暮れ(96)
    ○病床に鉛筆失せぬ夏の暮    石田波郷

てのひらが灼けないわけを日の出まで考えあっているかいつぶり(104)
砂浜に椅子を並べて一対の染色体のように日焼けを(108)
    ○裏切者それは見事に日焼して  鈴木六林男

夏来たるわれら互いの水際に螢いっぴきずつ飼いならし(107)
螢いる叢に立つこばまれず闇の一部になりたい夜は (20)
らんちゅうの泳いだ跡の水濁り強く打ち消す目を見ないよう(123)
    ○螢の夜老い放題に老いんとす  飯島晴子

イメージの向日葵はつねに背丈より大きくて花頭垂れおり(109)
    ○向日葵の大愚ますます旺んなり 飯田龍太

「噴水の蛇口をひねる人」というアルバイトなし夏雲高し(110)
    ○誰も来て仰ぐポプラぞ夏の雲  水原秋桜子

せつなさに変化してゆくピーナッツバターは冷蔵庫の片隅で(17)
だめになった食品たちをねむらせて夏のしずかなる冷蔵庫(110)
切り分けたプリンスメロンの半分を冷蔵庫上段のひかりへ(122)
    ○真白な大きな電気冷蔵庫    波多野爽波
    ○冷蔵庫に冷えゆく愛のトマトかな 寺山修司

届かない手紙を書いているような日々です桃のゼリーをつつき(97)
    ○うす茜ワインゼリーは溶くるがに 日野草城
自転車の籠いっぱいの夏野菜はずんでいるね坂を越え越え(111)
五月雨に濡れつつ街は肉野菜炒めをつくる音にも満ちて(114)
夕立に包囲されつつ戻りゆく最後のボート君から降りる(31)
    ○さつきから夕立の端にゐるらしき  飯島晴子

暑さとは違う理由でいちまいの毛布分け合わない夜が更ける(30)
    ○一人なら毛布を奪ふこともない  (冬)櫂未知子
銀河からはぐれてみたき夜の秋小さく折って飲むオブラート(33)
    ○西鶴の女みな死ぬ夜の秋      長谷川かな女


□秋

初秋の明るい窓に背を向けて読みつづけたりイナガキタルホ(124)
国道のカーブ過ぎつつ夜の街は花野のごとき光こぼせり(40)
    ○花野よく見えてゲーテの机かな   大峯あきら
真夜中に葡萄を食べる仲となりドミノがひとつ倒れる予感(52)
    ○葡萄吸ふ弟のやうな睫毛して    櫂未知子

バラ線の下にコスモスは揺れる誰もが誰かを変えたがっている(63)
    ○コスモスの押しよせてゐる厨口   清崎敏郎

憎しみを製氷皿に眠らせる今夜すばやく星は流れる(65)
    ○流星の匂ひは砂糖湯の匂ひ     阿部青鞋
秋茜 渡しそびれた絵葉書で折った飛行機が落ちて行く(86)
遠ければ遠い遠くて散り急ぐ金木犀の小花を浴びる(117)
    ○木犀をみごもるまでに深く吸ふ  文挾夫佐恵


□冬

玻璃戸から見る雪景色存在も非存在もうろこのようね (34)
ななめからまえから雪よアンゴラの帽子かぶってほほえみあえば(35)
おおこんな吹雪の最中何を思い君は歯ブラシを買いに行く(36)
雪しまき近づく夜更け逃亡者たちの眼鏡の曇りをおもう(36)
降る雪の速度で落としそうになるこんな思いは笑われるかな(86)
雪つぶていくつも投げてこの海をあふれさせるとあなたは言った(119)
    ○雪はげし抱かれて息のつまりしこと 橋本多佳子
    ○雪まみれにもなる笑つてくれるなら 櫂未知子
     ※冷やかに海を薄めるまで降るか   同

地下道のどこから来たかわからない風に吹かれている十二月(37) 
    ○とかくして風に聴き入る十二月   堀葦男

しぐるるやタイプライター打つ秘書がひそやかに言う「エルは小文字ね」(38)
    ○しぐるゝや駅に西口東口    安住敦

好きなものひとつ残らず吐かせたらツリーのてっぺんの星をとる(84)
    ○聖樹飾る緋の絨毯に跪づき   福田蓼汀

      *

たましいを半分ぐらい切り取ってきみにあげたい 果実のように (19)
    ○泳ぎ来て果実のやうな言葉投ぐ   黛まどか

一人でも生きられるけどトーストにおそろしいほど塗るマーガリン (17)
    ○ひとりでも生きられるけど掘炬燵  櫂未知子

ひやしんす日暮れひらがな広小路ひとつたべたいひとひらの雪(117)
    ○ヒヤシンススイスステルススケルトン 正木ゆう子

      *

わたしたちはなんて遠くへきたのだろう四季の水辺に素足を浸し(124)
 
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