 |
| |
 |
 |
トロツキーのパーソナリティを同時代の人びとの証言で描いた貴重な資料!
『若き日のトロツキー』
著者: M・イーストマン 著/大輪盛登 訳
発行年月日: 1972年6月20日発行
●目次
イギリス版への序文
第1章 傲慢な秘書
第2章 道徳的怪物
第3章 思想の庭
第4章 愛とマルクス主義
第5章 活動と危険
第6章 独房監禁
第7章 運命としての著述
第8章 レーニンの召喚
第9章 レーニンとトロツキー
第10章 ボルシェヴィズムの誕生
訳者あとがき
●著者紹介
マックス・イーストマン
1883年生まれ。コロンビア大学に学び、1913〜17年まで左翼の小雑誌『大衆The Masses』の編集長、それが発行禁止となると、22年まで『解放Liberation』を編集し、アメリカの左翼思想のリーダーとして活躍した。1923年から24年にかけてロシアに滞在し、本書『若き日のトロツキー』を準備する過程でトロツキーとその友人と親しくなり、ロシアを離れてからも『ロシア革命史』など、トロツキーの著書を翻訳したりしているが、その後1930年ごろから反共的になった。『リーダーズ・ダイジェスト』の編集にたずさわるなど、アメリカの雑誌の歴史のうえでも知られた人物である。
●訳者紹介
大輪盛登(おおわ・もりと)
1931年生まれ。1955年、学習院大学政治学科卒業。「図書新聞」に入社。ルポルタージュ、論文多数。
●本書から
……本書執筆の意図は、トロツキーを明らかにするだけでなく、彼を形づくるとともに、彼が大きな役割を演じた社会状況、知的・政治的運動をも明らかにすることにある。私の書物はトロツキーの青春時代の物語であり、ボルシェヴィズム誕生の物語である。私はトロツキーの偉業とボルシェヴィキ革命について一篇の物語を書こうと思っているが、しかし、それは本書以上の大仕事であり、もっとじゅうぶん用意ができるまで延ばしている。
さしあたり、読者に思い出していただきたいのは、1905年秋、26歳のユダヤ人青年が、労働者代表のペテルブルク・ソビエトの頂点に立って、ツァーのそれを凌ぐ権威をもって語りかけた、ということだ。ツァーの総理大臣が、一通の電報を発信するという特別の恩恵を、ソビエトに懇請しなければならないといったありさまだったが、他方、ソビエトは、ツァーの政府を転覆し社会主義国家を建設しようという意図を大胆に宣言したトロツキーの文章を印刷し、街々に貼っていたのである。思い出していただきたい、1917年秋、ふたたびソビエト議長として、そして戦場におけるレーニンの将軍として、トロツキーがペテログラードの労働者・兵士を10月革命に向けて結集したことを。思い出していただきたい、1918年、軍事科学的考え方の訓練を受けたことのないトロツキーが、飢餓に苦しみ恐慌をきたし、国家とは名ばかりの状態のなかから組織し、世界の強国に支援された侵略軍を7つの戦線で爆破したことを。思い出していただきたい、彼の話を聞いたことのある多くの人びとが、彼を現代のもっとも偉大な弁論家だと考えており、彼の文芸批評は、政治・経済研究と同様、ロシアのすべての生彩にとむ精神によって読まれていることを、さらに、彼の散文は独特の美しさと比類なき力強さをもったものであることを。
いささか苦労はしたが、私はトロツキーを説得して、やっと協力してもらい、この物語をつくることができた。……(「イギリス版への序文」から) |
 |
|
 |
| |
|